第1章:二人の朝は同じじゃない
朝5時。
キッチンからはコーヒーの香りが漂い、ダイニングにはまだ誰もいない。
ナジカは薄暗い部屋でカップを握りしめながら、今日もルミが起きてくる気配を感じていた。
彼女たちは姉妹ではない。
血もつながっていないし、年齢も性格も違う。
ただ、「家族」として、同じ屋根の下に暮らしている。
ルミがこの家に来たのは、5年前。
ナジカの母が突然再婚し、連れてきたのがルミだった。
父親は再婚から半年で家を出た。
残されたのは、母とナジカ、そしてその異母妹──ルミ。
その日からナジカの中に、“一線”が生まれた。
「この子は家族じゃない。けれど、家族として扱わなければならない」
まるで社会実験のようだった。
何かあるたびに、「妹でしょ?」「姉なんだから」の言葉が降ってくる。
だがルミは、ナジカの予想を裏切った。
明るく、人懐っこく、誰とでも距離を縮める。
学校ではすぐに人気者になり、近所の大人たちにも可愛がられていた。
「……お姉ちゃん、早起きだね。今日もコーヒー?」
ルミの声がした。
パジャマ姿の彼女は、すでにメイクも終わりかけ、髪まで巻かれていた。
「朝からそれって……アイドルか何か目指してるの?」
ナジカは皮肉をこめて言ったが、ルミはケロリとしていた。
「えー?なんでそんなこと言うの。ちゃんと清潔感ある方がいいでしょ?」
その“清潔感”という言葉に、ナジカは少しだけ刺された。
ルミの机の上には、つねにスチーム系美顔器やナイトリペア系のヘアケア商品が並んでいる。
SNSでは“おすすめサプリ紹介”や“スキンケアルーティン”を淡々と投稿しており、なぜかフォロワーも2万人を超えている。
「本当に、うまく生きる子だな」
ナジカは、そう思わずにいられなかった。
「今日、学校帰りに一緒にドラッグストア行こ?クレンジングバームなくなっちゃった」
ルミはそう言って、朝食代わりにプロテイン入りのヨーグルトドリンクを吸い上げる。
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「またあんた、インスタで話題の商品?」
「そう。今すごい人気なんだって。美白と疲労回復両方ケアできるって。」
一体誰が決めた“正しさ”なのか──
ナジカにはわからなかった。
ただ、ルミの“美容と健康のストイックさ”は、ある意味尊敬すべきものだった。
だが。
「お姉ちゃんさ、そういうの全然気にしないよね。
そのままでいいとは思うけど……ちょっと“損してる”かも」
その一言に、ナジカはコップを少し強く置いた。
カン、と硬質な音が静かな朝に響いた。
「気にしてないわけじゃない。ただ……どうでもいいの。外見なんて」
「ううん、どうでもよくないよ。
“どうでもいい”って思わされるような空気の中で、生きてきたんじゃないかなって、思ってる」
ルミの目は真っ直ぐだった。
ナジカの過去──母が放ったあの言葉が脳裏をよぎる。
「あんたは、何しても無駄だから」
──それ以来、鏡を見るのが嫌になった。
ルミは、スマホを取り出して何かを操作した。
「ね、これ見て。
私が使ってるオイル。ちょっと高いけど、マジで寝癖直るし、
お姉ちゃんの髪質にも合うと思う。ほら、レビューも……」
ナジカは画面を見た。
そこには商品名と共に、「ナジカに使ってほしいと思って、買ってた」とメッセージが表示されていた。
「勝手に注文しといたから、今夜届くよ」
「……あんた、何してくれてんのよ……」
「えへへ、レビューもお願いね?アフィリエイト報酬のために♡」
そう言って笑うルミは、計算高いのか、天然なのか、ナジカにはわからない。
でも、その時だけは、ナジカも少しだけ笑った。
第2章:ルミの部屋には“鏡”が多すぎる
「なにこの部屋、鏡何枚あるの?」
ナジカはルミの部屋に入って、無意識に口にした。
ドレッサーに全身鏡、化粧台の拡大鏡、そしてスマホスタンドに取り付けられたリングライト付きミラー。合わせて8枚の反射面があった。
「わたしの顔、どの角度からも監視してるから」
そう言って笑うルミの言葉には、冗談の中に妙なリアリティがあった。
ナジカは、ルミがただの“美容バカ”ではないことにうすうす気づいていた。
この部屋は、まるでどこかのスタジオのように整理整頓され、商品やレビュー紙、コメント付きのスクリーンショットが貼られている。
「最近のイチオシはこれね。
“リアルケラチントリートメント”ってやつ。
使うとマジで髪が湿度に負けないの。インドア撮影でも髪サラサラ」
彼女が持ち上げたのは、ノンシリコン・オイルフリー系の髪質改善シャンプーセット。
近所のドラッグストアには売っていない、ネット限定販売の高単価商品だった。
「これ、いくらしたの?」
「1本5,800円。セットで1万超えるけど、
“アフィリ報酬が1,200円”だから、紹介で元取れるのよ」
「……正直すぎない?」
「だって、“わたしが稼いでること”を、誰にもバレたくないでしょ?」
その一言に、ナジカの眉が動いた。
「……どういう意味?」
ルミは静かに、ベッドの上のファイルを取り出した。
そこには“月別収益レポート”と書かれていた。
2023年3月:56,200円
2023年4月:89,900円
2023年5月:112,480円
……2025年7月:248,300円
「バイト、してないのバレないようにしてる。
でも実際には月20万以上、SNSとブログとアフィリで回してる」
ナジカはその数字を、ただ黙って見つめていた。
「……なんで私に言うのよ。黙ってればよかったのに」
「ねえ、ナジカ。
“わたしがどんな風に見られてるか”って、ずっと気にしてるのって、
ほんとはあんただと思ってたんだよね」
「……は?」
「お姉ちゃんが、鏡の前で髪整えてるの、見たことないもん。
でも、後ろ姿だけはいつも綺麗にしてる。誰に見られるでもないのに。
あれって、“人にどう見られてるか”を恐れてる人の行動だよ」
ナジカは言葉を失った。
「わたしさ、
“誰にも本音を見せない姉”って、ずっと不気味だったの。
でも最近、わかってきたんだよね。
お姉ちゃんって、ほんとは優しい。
でもそれを見せると、壊れちゃうタイプ」
「なに、精神分析でも始めたの?」
「してるよ。
“共感されない子ども”の研究記事とか、心理学コラムも読んでる。
レビュー記事に共感性が出ると、CV(コンバージョン率)が上がるから」
その時、ナジカの中で何かが弾けた。
「……それ、本気で言ってる?」
「うん。お姉ちゃんの目、ちゃんと見ればわかるよ」
ルミはカバンの奥から1本の小瓶を取り出した。
「これ、あげる。セラミド濃縮系の集中美容液。
肌の内側から潤すタイプ。乾燥肌にも敏感肌にも合うやつ。
広告貼ってレビュー書けば、3本無料で届くから、あげられるんだよ」
ナジカは、手にとってキャップを開けた。
ラベンダーと柑橘が混ざったような香りが広がる。
「本当に……あんた、なにが目的でここに来たの?」
ルミは一拍置いてから、こう言った。
「“家族になろう”って、わたしが言ったんじゃない。
でも、わたしが“選ぶこと”はできる。
誰と家族でいるか、どう関わるか、どう生きるか」
ナジカは、瓶をぎゅっと握りしめた。
この妹は、怖いほどまっすぐで、商売上手で、
でもたぶん、自分よりもずっと“繊細に”生きていた。
第3章:眠れぬ夜と、あの日のまぼろし
その夜、ナジカは久しぶりに眠れなかった。
自分の中で、何かがじわじわと溶けている気がした。
ルミに渡された美容液。
確かに肌は落ち着いていた。
けれど、それ以上に──心がざわついていた。
「私は……何を守って、何を壊してきたんだろう」
子どもの頃から、ナジカは“静かな子”だった。
人と争うことが苦手で、何かを欲しがることを叱られるのが怖かった。
一方で、ルミは“欲しがること”を恐れなかった。
それがうまく生きる方法なのだと知っていたのかもしれない。
そして、気づけばナジカは、
「与える側」であることを選んでいた。
けれどそれが、“搾取される側”になることと紙一重だと気づいたのは、
つい最近のことだった。
午前3時、リビングに灯りがついた。
廊下を抜ける音。軽い足取り。
ルミだった。
「……また寝られないの?」
「うん。お姉ちゃんも?」
「たまたま。なんで、起きてるの?」
ルミは冷蔵庫からグリシン入りの機能性ホットドリンクを取り出した。
「これ飲むと30分でふわっと眠くなるよ。
GABAも入ってるから、メンタルにもいいらしい」
「そんなものまで……」
「試したものは全部リスト化してある。
レビュー依頼くるとすぐ対応できるようにね」
ナジカは、グラス越しにルミの横顔を見た。
どこか“何かを抑えてる”ような、そんな横顔だった。
「……本当は、あんたも眠れない夜、多かったんでしょ」
「……うん。子どもの頃から、夢を見るの。
家の中で誰かが泣いてて、でも、私には見えない人」
「それ……お母さん?」
「違う。“もっと若い女の人”。
でも──いつからか、その人が“私自身”に見えてくるの」
ルミは、カップを置いて、静かに話し続けた。
「私がこの家に来たとき、ナジカが怖かった。
無言で、目も合わせなくて。
でも、ある夜トイレに起きたら、階段のとこでお姉ちゃんが泣いてた」
「え?」
「声を殺して泣いてた。
あのとき、“ああ、この人も壊れかけてるんだ”って思った。
でも、その壊れ方が、私と違って静かだった」
ナジカは、記憶をたぐった。
確かに──父が出ていった数日後、誰にも見られないように泣いた夜があった。
「……それ、見られてたのか」
「うん。
だからその日から、私も“泣くのをやめた”。
代わりに“強く見えるように”変えていったの」
「……美容とか、SNSとかも?」
「全部そう。
見られることで、自分の存在を肯定できるって、思い込もうとした」
そこにあるのは、
**ナジカとまったく同じ“孤独のかたち”**だった。
ナジカは、ソファに深く腰を沈めた。
こんな夜に、こんなに静かに人と話したのは何年ぶりだろう。
ルミは立ち上がって、自分の部屋から何かを持ってきた。
「これ、よかったら使って。
“ナイトリカバリー用の高濃度CBDクリーム”」
「CBD?」
「うん。副交感神経を緩めてくれるらしい。
寝つきの悪い人向けのやつ。レビューも星4.8で高評価だよ」
そう言って笑うルミの目には、やっぱり少しだけ寂しさがあった。
ナジカは、その小瓶を手に取って──こう言った。
「レビュー、書いてやろうか?」
「えっ、本当に!?」
「でも条件がある。
“妹のことを初めて理解できた夜”ってタイトル、付けさせて」
「……それ、泣いちゃうかも」
ルミは、ほんの少し声を詰まらせた。
この夜をきっかけに、二人の距離は確実に変わり始めた。
“敵”として見ていた相手が、
実は同じ種類の“生存者”だったと気づいたとき、
人はようやく、許す準備が整うのかもしれない
第4章:ルミの“もう一つの顔”
ナジカがそう言ったのは、買い物帰りの商店街で、すれ違った3人の女子高生が「あ、ルミちゃんだ♡」と手を振った直後だった。
ルミは笑って手を振り返すと、小声でナジカに囁いた。
「“表の顔”ってやつだよ。戦略的にね」
「戦略って……そこまで計算して動いてるの?」
「うん。
だって、現実で人気者だと、SNSでバズっても“怪しまれない”から」
その言葉に、ナジカは思わず歩みを止めた。
ルミは続ける。
「たとえば私のSNSの“本垢”──
家族も学校も知らない。
“ペルソナ”で作ってるの。“一人暮らしOL・24歳・副業ブロガー”って設定」
「年齢も偽ってるの?」
「うん。
実名も顔も出してない。でも、“雰囲気”と“体験”だけは徹底してリアルにしてる」
ルミはスマホを取り出して見せた。
画面には、シンプルで洗練されたミニマル投稿。
カフェ、コスメ、通勤風コーデ、そして“夜のマインドリセット”──。
そこに書かれている文章は、感情と情報が絶妙に織り交ぜられていた。
「今日もやられた。でも、寝る前にこの香りがあるだけで救われる。
#ディフューザー #ナイトルーティン #30代からの自律神経ケア」
「これ、誰にも見つかったことないの?」
「アカウント分けてるし、IPも端末も全部切り離してる。
スマホだけで運用してるし、“ノイズ消すアプリ”も入れてるから、連携もされない」
「徹底してるんだね……」
「うん、だって**“身バレ”=アカウントの死**だから」
ナジカはゾッとした。
こんなにも本気で、徹底して、計算して“生きてる”子がすぐ隣にいたのかと。
「……それって、息苦しくない?」
「慣れるよ。
それに、“本当の私”は、たぶんどこにもいない。
家族の前も、SNSも、どこも“演じてる私”しかいないから、
逆に全部楽」
ルミは淡々と話したが、その言葉の奥には、確かな孤独があった。
帰宅後、ルミの部屋にはいくつもの“商品箱”が積まれていた。
「これ全部、レビュー用?」
「うん。今月のPR案件。
美容家電、サプリ、CBDバスオイル、あと新しいアイケアマスクも来た」
「……それで、どれが一番“売れた”の?」
ルミはスマホの管理画面を見せた。
✅ アイケアマスク(累計売上:56件)
✅ CBDディフューザー(売上:43件)
✅ 睡眠導入系バスオイル(売上:31件)
✅ メンタルサポートグミ(売上:18件)
「これが全部、月に何千円〜何万円って還元されるの?」
「そう。
1個売れるごとに200円〜800円くらい。
でも、“信頼”されるとCV率は跳ね上がる」
「信頼って?」
「本当に使ってる“空気”を出すこと。
それと“読者の共感の声”を、あえてスクショして再利用する」
「……なんか、マーケターだね」
ルミは笑って、こう返した。
「違うよ。“生活者”のふりをした、観察者だよ」

ナジカは、その日の夜、初めて自分のスマホを開き、ルミの影響で買った美容液のレビューを書いた。
「香りが良く、肌が落ち着く気がしました。
夜になると、少しだけ“自分を大事にしてる気分”になります」
送信ボタンを押したとき、不思議と心が軽くなった。
「私は……自分の“存在価値”を、やっと認めていいって思えたのかもしれない」
ルミがやっていることは、ただの商売じゃない。
彼女は“生きる術”として、これをやっている。
そして、それを武器にして、“誰にも見せない自分”を、守っている。
ナジカも、何かを始めてみようか──。
そんな気持ちが、ほんの少しだけ芽生えた夜だった。
第5章:二人の作戦会議
「ねえ、お姉ちゃんって、
何か“売れること”できる人だよね」
その言葉に、ナジカは思わずむせた。
「は?私が?どこが?」
「“発信しない強さ”って武器だよ。
私、そこにずっと引け目を感じてたの」
ナジカは、ルミの言葉をじっと聞いていた。
二人は今、リビングのテーブルに向かい合って座っていた。
テーブルの上には、ノートPC、スマホ、メモ帳、商品のサンプル、そしてお菓子。
「……で、何が言いたいの?」
「本音言うとさ──一人で稼ぐの、疲れてきたんだよね。
私、“勝ち続けないと意味がない”って思ってた。でも、違うのかもって」
ルミは目を伏せた。
初めて見た。彼女の“弱音”。

「お姉ちゃん、
わたしと一緒にやらない? “姉妹プロジェクト”。」
「……プロジェクト?」
「私のSNSで“新しいシリーズ”を立ち上げるの。
仮名でいい。顔出しもなしで。
“同居中の姉と、価値観バトルしながら心を癒していく連載”。
でも中身は、“実用的な悩み解決記事”。」
ナジカはしばらく沈黙した。
だが、脳のどこかで何かがカチッと噛み合った音がした。
「……どんなテーマで?」
「たとえば、“過去の家庭環境が原因で自己肯定感が低い人が、
美容やルーティンを通して“自分の好き”を再発見していく記録”。」
「そんな人、読みたいと思う?」
「“自分に課金できる言い訳”が欲しい人は、いくらでもいるよ」
ルミは、そう言って数枚の紙をナジカに差し出した。
■ 連載候補タイトル案
・「自己否定をやめる日」
・「姉妹は選べない。でも幸せは選べる」
・「寝室別、心は同居」■ 想定アフィリ商材
・ホルモンバランス系サプリ(PMS・更年期)
・入眠儀式グッズ(アイマスク、サウンドマシン)
・コーチング系サービス(月額課金型)
・防音ヘッドホン(同居ストレス対策)
「これ、全部……本気で?」
「うん。これまでは、“一人で完結する戦略”しかやってこなかった。
でも今度は、“心を預ける関係”でも成り立つか、試してみたい」
ナジカは、気づかないうちに手が震えていることに気づいた。
嬉しさか、驚きか、怖さか──それは自分でもわからない。
「……ひとつだけ聞いていい?」
「うん、何?」
「これ、私が途中でやめたくなったら?」
「やめてもいい。
でもそのときは、“辞めたくなった理由も記事にして”って頼む」
ナジカは、思わず吹き出した。
「……あんた、本当に商売上手ね」
「ううん。
私は“言葉にして生きるしかない”から、そうしてるだけ」
その言葉は、妙に胸に刺さった。
その日の夕方、ルミのSNSに新しい投稿が上がった。
【連載スタート】
「姉妹は選べない。でも、幸せは選べる」
第1話:すれ違う朝の食卓私はずっと、彼女が“敵”だと思っていた。
でも気づけば、彼女だけが、私の“生活の音”を聞いていた。
添えられた画像は、2人分のマグカップと、
ルミのレビュー文付きの“ノンカフェインハーブティー”だった。
コメント欄には──
「このシリーズ待ってた!」
「リアルな姉妹の感じがすごく好き」
「次回も絶対読みます!」
3時間で、150以上のいいね。
RT数は過去の投稿の倍。
「……早すぎじゃない?」
「うん、正直ビビってる。
でも、こうやって“誰かと書くこと”って、
こんなにも安心するんだって初めて思った」
ルミがそっと笑った。
その夜、ナジカは自分のノートPCに向かった。
タイトルバーには、こう書かれていた。
【執筆中】第2話:あの子は、私の鏡だった
静かな部屋で、キーの音が小さく響く。
──私は、今、ようやく「誰かと生きる」ってことを始めている。
第6章:家族という名の場所
「ねぇ、ナジカ。
わたしたちって、いま“家族”って言えるかな」
その質問は、投稿予定だった第3話の原稿を修正していたときに、ルミがふと口にしたものだった。
「さぁ……少なくとも、“昔みたいな家族”じゃないね」
「じゃあ、どんな?」
「“ビジネスパートナーに近い家族”かな」
二人は笑った。
かつては視線も交わさなかった日々が、まるで他人事のようだった。
投稿を開始して3週間が経った。
シリーズ連載は4話を超え、Xの固定ポストにも設定された。
最初は「試しに始めた共著」だったものが、いまでは週2回ペースでの“共同更新”にまで成長していた。
ナジカの文体は、“少し硬くて優しい”。
ルミの文体は、“柔らかくて鋭い”。
対照的なそれぞれの文が、ひとつのページで並ぶ。
そのバランスこそが、「共感」と「信頼」と「販売力」の源になっていた。
シリーズ第3話では「姉の涙と、妹の怒り」を描いた。
- 連携商品:温熱アイマスク、リカバリーCBDミスト
- コメント:読者の実体験リプが50件超
**第4話では「母の残した空白」**をテーマに。
- 使用商材:感情ケア型ノート(ジャーナリング用)、精神科医監修の定期カウンセリングサービス(アフィリ対応)
- 初の“有料記事”にも挑戦 → 初週で90部突破(200円設定)
だが、収益の数字以上に、二人が変わった。
ある夜、投稿後のアクセス分析をしている最中、ナジカがふと言った。
「……ねぇ、私、“誰かに読まれる”って、
思ってたよりずっと安心するんだね」
「うん。
自分の人生を“人に渡す”って、怖いけど、
同時に“抱えてたものが軽くなる”んだと思う」
それは、ただの物販ブログや収益化アカウントではたどり着けない、
“物語型アフィリエイト”だからこそ得られる境地だった。
ナジカは今、自分のデスクに座るとき、コップではなく“温冷両用のタンブラー”を使うようになった。
ルミが以前プレゼントしてくれたものだ。
そしてそこには、こう小さく書かれていた。
“家族って、他人でもなれるんだよ。” – R
週末、二人は「今後の展開」について話し合っていた。
ルミ:「私たち、次にやるべきは“第三者の巻き込み”だと思う」
ナジカ:「どういう意味?」
ルミ:「読者の体験談を募って、それを“物語型レビュー”として再構成するの」
つまり、“第三の姉妹”をシリーズに参加させる。
匿名でも、仮名でもいい。
ただ、「どこにも居場所がなかった誰か」が、
“ここなら投稿できる”と思える場所を、つくる。
「……それって、完全にメディアじゃない」
「そう。“二人の家族ブログ”が、“みんなのセーフハウス”になるの」
ナジカは、もう驚かない。
ルミはいつだって、“次に進む準備”ができている人だから。
そして今夜。
シリーズ第6話の投稿が完了した。
タイトルは、
『家族じゃなかった私たちが、ようやく選んだ“関係”のかたち』
投稿の最後には、ナジカの言葉でこう締めくくられていた。
家族って、血じゃない。
ましてや“義理”でもない。その人と、「まだ一緒にいてもいい」と思えるかどうか。
わたしは今、はじめてそれを“選ぶ”ことができた。
Xでは、
「読みながら泣いた」
「自分にも姉がいて、同じような距離感だった」
「誰かと始めるって勇気だなと思った」
そんなリプライが続々とついていた。
そしてリンクの横には、こう記された読者誘導付きボタンがあった。
🔗「あなたの“家族の記憶”も、投稿してみませんか?」
(→投稿者用フォームへ誘導/個別DM)
ナジカは、ページを閉じる前にもう一度、ルミを見た。
「……ありがとね、誘ってくれて」
ルミは少し照れくさそうに笑って、こう言った。
「いいよ別に。
あんたが最初から“このチームのエース”だったんだから」
その言葉に、ナジカはもう一度笑った。
今、確かに“ここ”に、家族があった。

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